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オサラッペ慕情

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カタクリの花を見に嵐山に行ってきました。

国見峠からオバユリ峠までを探索しに行ってきました。鬱蒼とした細い道の連続です。
残念ながらちょっと早かったみたいです。お花畑状態を期待して歩いたのですが、ぽつらぽつら花が咲いてました。(花の名前わかんねー)
半面山という手前の中半面山という頂まで行き疲れたので引き返してきました。疲れて歩いて、頭がボーっとしてきて、すると昔のことをいろいろ思い出しました。昔若い頃の忘れていた思い出や穴があったら入りたくなるようなはずかしい赤っ恥な思い出までよみがえってきまして、ハイキングって、年齢退行現象がおきるんですね、面白かったです。まじで。
家に帰って自分が歩いたコースを地図で確認しようと思いましたが、(グーグルなども含めて。)
が、しかし、全然乗ってません。半面山だけしか乗ってないのです。国見とかオバユリとかそんなキーワードはまったく見当たりません。そんなもんなんだなぁと思いましたが、すぐ近くの末広図書館に行ってみました。んで ありましたありました。それらしい本が、

花輪稔著 「鷹栖の自然、オサラッペ慕情」

これにいろいろ乗ってました。(笑)
明治時代、旭川に第7師団がを指導するため外国からスキーの指導員がきたらしい。その際、練習場としてすべったのが半面山だったらしい。この記述が正しければ、旭川で最初のスキーは半面山と言うことになるわけであります。
また国見、おばゆりの山道は昔、車などない時代は物資を運ぶ主要道路だったこと、半面山は明治時代、軍人さんがあ「あの山はどの方向からみても半面に見える」と言ったことにゆらいして名づけられたこと、またアイヌの集落が鷹栖で多く発見されていること、縄文時代の後半、無土器で石器時代のアイヌの生活がうかがえること、
そして上川盆地は大昔、湖だったらしいのです。水深100メートルくらいの巨大湖畔だったらしいのであります。

水をせき止めていたのが現在のカムイコタン。
その後、大雪山や十勝岳の噴火により土砂は堆積し、あるとき水が抜けていき、今の上川盆地になったとのこと。
何百万年前は北海道はユーラシア大陸とつながっていたということ。
氷河期は津軽海峡が凍っていたため本州と陸続きになっていたらしく、動物は行き来していたらしいのだが、やがて氷河期が終わると津軽海峡が出現し渡れなくなり、北海道は北海道、本州は本州の動物の固有の生態系が確立されたこと。などのいろんなおもし話が満載の本なのでありました。
あとスキーの基本姿勢やすべる時の基本動作などが図解入りで乗ってたりしてまして、いろいろ笑えるところも多いのでありますが、著者の花輪稔という方はどっかの教育委員会の教育長さんだったらしいです。
この手の本はたいてい箇条書き風この上ないしょーもない本が多いように思うのでありますが、なんとなんと、小説でも読んでいるかのごとく、読み手に飽きさせないような構成と言い回しに工夫がほどこされているように思い、まっこと読み物として面白い一冊なのではないかと自分はそう思いましたです ハイ。

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